最高裁判所第三小法廷 昭和26年(あ)4167号 判決 1953年5月12日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人大月和男同池田久の上告受理申立の理由は、後記のとおりである。
理由第一点について。
原判決は、第一審裁判所が弁護人より被告人が行為当時心神耗弱の状態にあった旨主張されたに拘らずその判断を判決に示さなかったのは、刑訴三三五条二項に違反したものであると説示しているのであって、この点に関しては所論と見解を同じくするものである。ただ原判決は「本件犯行当時、被告人が心神耗弱の状態にあったことは記録上これを確認するに足る証拠がなく、却って原判決(第一審判決)拠示の各証拠を綜合すれば右犯行当時の被告人は多少酩酊はしていたものの、その精神状態は正常であったことを認めることができ」るのであるから、第一審における弁護人の心神耗弱の主張は、結局理由がないこととなるので、第一審裁判所がこれに対し特に判断を示さなかった違法は、判決に影響がなかったことに帰するものとして、弁護人の控訴趣意を理由がないものと判示したに過ぎないのである。されば原審の見解によるも心神耗弱の事実が証拠上認められ若しくは疑われる場合であるのにその判断を遺脱した違法があれば、その違法は判決に影響を及ぼすものとして第一審判決を破棄する事由となることも窺われるのであるが本件はかかる場合ではないと認めた趣旨と解し得られるのであるから、原判決の説示には所論のような飛躍もなく、また刑訴三三五条二項を「無用の空文化」するものでもない。それ故、論旨は理由がない。
同第二点について。
いわゆる絶対的控訴理由の一つとして刑訴三七八条四号に規定する「判決に理由を附せず、又は理由にくいちがいがあること」という場合の「理由」は、有罪判決においては刑訴三三五条一項が判示することを要求する「罪となるべき事実、証拠の標目及び法令の適用」をさすのであって、同条二項により判決に示されなければならない判断を遺脱したことをも含むものでないことは、原判決の説示するとおりである。そして右の判断遺脱は、もとより違法ではあるが、刑訴三七七条三七八条に規定するいずれの事由にも当らないのであるから、刑訴三七九条の「訴訟手続に法令の違反」がある場合に該当し、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかである場合に限り第一審判決破棄の理由となることも原判決の説示するとおりである。なお、論旨後段の仮定論の理由がないことは第一点に対する説明によって明らかである。
よって、本件上告を理由ないものと認め刑訴四〇八条に従い、裁判官全員の一致した意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)